「あなたは優しいね」と言われるたびに、
どこか少しだけ、苦しくなることがあった。
断れない。
頼まれると引き受けてしまう。
本当は疲れているのに、「大丈夫」と言ってしまう。
それは性格だと思っていた。
でも、ある時気づいた。
それは“優しさ”というより、
生き延びるために身につけた習慣だったのかもしれない、と。
子どもの頃、
空気を読むことは、生きる術だった。
怒らせないように。
嫌われないように。
機嫌を損ねないように。
自分の気持ちよりも、
相手の顔色のほうが大事だった。
だから大人になっても、
つい自分を後回しにしてしまう。
でもそれは、弱さではない。
むしろ、
とても敏感で、とても繊細で、
人の痛みに気づける力があるということ。
ただその力を、
ずっと外にばかり使ってきただけ。
最近、少しずつ思うようになった。
優しさは、
まず自分に向けてもいい。
疲れたら休んでいい。
行きたくないなら断っていい。
無理なら「無理」と言っていい。
それでも離れていく人がいるなら、
その人は最初から無理を前提にしていた人かもしれない。
優しさは、削って差し出すものじゃない。
あふれた分を分けるもの。
まず自分を満たすこと。
それはわがままじゃない。
もしあなたが、
「また自分を後回しにしてるな」と気づいたら、
それは変わり始めている証拠。
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「仕事がきつかった理由は、能力不足じゃなかった」
仕事がきつかった理由は、能力不足じゃなかったでも書いたけれど、
私たちは思っているより、自分を責めすぎている。
優しい人ほど、
自分にだけ厳しい。
でももう、
自分を最後に並ばせなくていい。
少しずつでいい。
今日だけは、
自分を一番前に置いてみよう。


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