「決められない時間は、無駄じゃなかった」

回復の途中

今は次の仕事を探している途中で、
昔のように勢いだけで決めることができなくなった。

何かを「決められない時間」が続くと、
つい不安になる。

ちゃんと前に進めているんだろうか。
立ち止まっているだけじゃないだろうか。
昔の自分なら、もう無理やりにでも決めていたかもしれない。

でも今は、違う。

動けないのではなく、
簡単に決めなくなっただけだった。


以前の私は、
「選ぶこと=早く安心すること」だと思っていた。

不安を感じるくらいなら、
少し違和感があっても進んだほうがいい。
そうやって選んできた仕事や環境はあとから自分をすり減らすことが多かった。

それでも当時は、
「私が我慢すればいい」
「私が弱いから続かない」
そうやって、いつも自分を責めていた。


今、決められないのは、
わがままになったからでも、
怠けているからでもない。

昔の「心の癖」はこんなところにも現れている。

「『私が悪い』は、誰の声だったんだろう」

「その癖は、あなたを守ってきた」

違和感を無視しなくなったからだ。

少しでも胸がざわつくもの、
どこかで自分を小さくしなければならない場所。
そういうものに、体のほうが「NO」を出すようになった。

頭では「条件は悪くない」と思っても、
心がついてこない。

それは、壊れているサインじゃない。
むしろ、感覚が戻ってきている証拠だった。

決められない時間は、
何も起きていないようで、
内側では大きな書き換えが起きている。

・急いで安心を取りに行かない
・自分の感覚を後回しにしない
・「合わない」をちゃんと感じる

これは、昔の私にはできなかったことだ。

だからこの時間は、
遠回りに見えても、後戻りではない。


もし今、同じように
「なかなか決まらない自分」に
焦りや不安を感じている人がいたら、
こう伝えたい。

その時間は、
あなたが弱くなった証拠じゃない。
自分を大事にし始めた証拠かもしれない。

立ち止まっているように見える場所で、
ちゃんと、次の土台は作られている。

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