比べられて育った私は、愛されるために完璧でいようとした

休んでいい

私の母は、兄が一番だった。

勉強も、行動も、存在そのものも、 いつも兄が基準で、 私はその横で比べられる側だった。

何をしても褒められた記憶はない。 足りないところばかりを指摘され、 「もっとちゃんとしなさい」と言われ続けた.

褒められない代わりに、完璧を求められた

褒められない子どもは、 そのままでいる自信を持てない。

私は、

  • ミスをしないように
  • 期待を裏切らないように,否、期待なんてされてなかったと思うが・・
  • 役に立つように

いつの間にか、 完璧でいようとする子どもになっていた。

それは向上心ではなく、 愛されるための条件だった。



母から愛情を感じた記憶がない

今振り返っても、 母から愛情を感じた記憶は、ほとんどない。

抱きしめられた記憶も、 安心できた感覚も、 思い出そうとすると空白になる。

それが普通だと思っていた。

私のことも見て、ここにいるよ

不安定な家庭の記憶

幼い頃、 父が母に暴力を振るう場面を覚えている。正確には椅子を振り上げているシーンだけど。

怖かったけれど、 父の兄弟、つまり私の叔母などが私たち兄弟を守ってくれるようにしてくれていた。

見えないように、物に当たらないように、でも、私は隙間から見ていた。

その後、両親は離婚した。借金が理由だったらしい。

しかし、母は同じ相手と再婚した。
まだ借金があり、家にはいつもお金の余裕がなかった。

両親は別れることはなく、
再婚後の家は、夫婦喧嘩ばかりだった。

未だに私は、
正直、別れてくれた方がよかったと思っている。

どちらも毒親だった

安心できる場所がなかった

家の中は、 いつも緊張感があった。

機嫌を損ねないように。 問題を起こさないように。

子どもでいるより先に、 気を張って生きることを覚えた。


大人になって残ったもの

大人になった今も、 この影響は残っている。

  • 比べられると極端に苦しくなる
  • 失敗に過剰に反応する
  • 頑張っても満足できない

それは性格ではなく、 環境の中で身についた反応だった。

まとめ

兄と比べられ、 褒められず、 完璧を求められて育った私は、

「ちゃんとしなければ価値がない」 そう信じて生きてきた。

でも今は、 それが生き延びるための方法だったと、 少しずつ理解できるようになってきた。

この理解が、 回復の入り口になると、 今は思っている。

毒親の影響で「全部を背負う人」になってしまった私の話

終わっていない現実の中でも、回復は進んでいる

回復が進むと不安になる理由

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