私の人生は、ずっとしんどかった。
何が一番つらいのかと聞かれると、 「毒親」と答える。
でも正確には、 毒親そのものだけじゃなくて、 毒親の影響で『全部を背負う人』になってしまったことが、 長い間、私を苦しめていた。
「私がやらなきゃ」が当たり前になった理由
子どもの頃から、
- 空気を読む
- 期待を外さない
- 問題を起こさない
そうやって生きてきた。
誰かが困っていたら、自分が何とかする。 うまくいかなかったら、自分のせい。
それが性格だと思っていたけれど、 今思えばそれは 生き延びるために身につけた役割 だった。

甘えるってどうやるの?
背負うことでしか、存在できなかった
毒親のもとでは、 そのままの自分でいるだけでは安全じゃなかった。
役に立つこと。 我慢できること。 期待に応えること。
それができて、ようやく居場所があった。
だから大人になっても、
- 仕事でも
- 家族のことでも
- 人間関係でも
「背負う役」を自然に引き受けてしまう。
回復が進んで気づいたこと
回復が進むにつれて、 今まで感じないようにしていた重さを、 はっきり感じるようになった。
前は耐えられていたはずなのに、 今は苦しい。
でもそれは、 弱くなったからではなかった。
自分の感覚が戻ってきただけだった。
娘のこと、仕事のこと、全部つながっていた
毒親の影響は、 親との関係だけで終わらなかった。
- 娘のことを一人で背負おうとする
- 仕事でも限界まで抱え込む
それらは全部、 「私が何とかしなきゃ」という同じ根っこから生まれていた。
今は、少し立ち止まっている
今も正直、 すぐに手放せたわけじゃない。
ただ、 「全部を背負わなくてもいいかもしれない」 そう思える瞬間が、 少しずつ増えてきた。
それだけで、 世界の重さが少し変わった。
まとめ
毒親の影響で、 私は「全部を背負う人」になった。
それは欠点でも弱さでもなく、 生き延びるために必要だった形だった。
もし今、 同じように苦しさを感じている人がいたら、
まずは 「私はそうやって生きてきたんだ」 と、そっと認めてあげてほしい。
回復は、そこから静かに始まる。


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